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山口地方裁判所 昭和47年(わ)24号 判決 1974年7月08日

本籍

山口県下関市田中町一四番地の一三

住居

同県同市宮田町二丁目一四番六号

会社役員(元鮮魚仲買業)

多田義雄

明治四二年四月七日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官島田清、同大霜兼之出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役六月および罰金三、五〇〇、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納できないときは、金一〇、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

本裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、下関市宮田町二丁目一四番六号に居住し、多田商店なる屋号で鮮魚仲買業を営んでいたものであるが、所得税を免れる目的をもって、使用人である同店経理係藤井勇司に指示して売上金の一部を除外して架空名義で簿外預金したり、有価証券を取得し、取引の原始記録である浜帳を新たに作製して改ざんする等の不正の行為により、所得を隠匿したうえ、いずれも右藤井を介して、同市山ノ口町一番一八号所在の下関税務署において同署長に対し、

第一、昭和四三年一月一日より同年一二月三一日までの期間における実際総所得金額は一五、一七二、六〇九円であり、これに対する所得税額は六、六九一、五〇〇円であったにもかかわらず、昭和四四年三月五日、総所得金額は三、三三九、七五一円で、これに対する所得税額は六八七、五〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって右課税所得税額との差額六、〇〇四、〇〇〇円を、

第二、昭和四四年一月一日より、同年一二月三一日までの期間における実際総所得金額は二〇、一五八、五二八円であり、これに対する所得税額は九、三一一、〇〇〇円であったにもかかわらず、昭和四五年三月三日、総所得金額は五、八二三、六八三円で、これに対する所得税額は一、六二三、七〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって右課税所得税額との差額七、六八七、三〇〇円を、

第三、昭和四五年一月一日より、同年一二月三一日までの期間における実際総所得金額は一五、六七五、三五七円であり、これに対する所得税額は六、五五八、〇〇〇円であったにもかかわらず、昭和四六年三月一二日、総所得金額は二、八二四、二六九円で、これに対する所得税額は三五九、六〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって右課税所得税額との差額六、一九八、四〇〇円を

それぞれ免れたものである。

(証拠の標目)

一、被告人の当公判廷における供述

一、証人向井英夫、同土井憲一郎(第一、二回)、同瀬川源一、同岡田隆明の当公判廷における各供述

一、第五回公判調書中の証人藤井勇司の供述部分

一、証人浜岡美恵子に対する当裁判所の尋問調書

一、被告人の検察官に対する供述調書(二通)および大蔵事務官に対する質問顛末書(一〇通)

一、被告人作成の上申書および昭和四三年ないし同四五年分所得税の各修正申告書(写)

一、土谷浩(二通)、吉田史郎、大石弘次、今泉正、多田保秋、多田カツラおよび多田春子の検察官に対する各供述調書

一、土谷浩、吉田史郎、大西晶三(二通)、柳沼清喜、多田保秋(四通)、多田カツラ(二通)、多田春子(二通)および多田夏子の大蔵事務官に対する各質問顛末書

一、佐味謙太郎(二通)、土谷浩、山次達也、多田明代、氷室興安(二通)、安斉弘毅、大島春彦、多田千之助、藤井貞子、藤井勇司(四通)および右馬埜利雄作成の各上申書

一、大石弘次、今泉正、酒井寿人、飯田和夫、倉橋純男、高瀬悦子および南部徹也作成の各答申書

一、兼平武雄、安斉弘毅、稲村恒徳(二通)、山次達也、松本嘉郎(二通)、芦谷源治、佐味謙太郎(二通)田中耕三、香川八郎および山次達也作成の各証明書

一、領置してある左記の証拠物(昭和四七年押第六五号。括弧内の数字は、同押号の符号を示す。)

1. 預金メモノート一冊(1)

2. 銀行借入金手控帳一冊(2)

3. 登記済権利証書一通(3の1)

4. 借用証(返済計画等添付)一通(3の2)

5. 損益計算書(昭和四三年度)一綴(4)、同上(昭和四四年度)一綴(5)、同上(昭和四五年度)一綴(6)

6. 借用証(大島春彦)一通(7)

7. 判取帳一冊(8)

8. 掛金領収証等四枚(9)

9. 所得税確定申告書(昭和四二年)一通(10)、同上(昭和四三年)一通(11)、同上(昭和四四年)一通(12)、同上(昭和四五年)一通(13)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、公訴事実中の各事業年度のほ脱所得をいずれも争い、その理由として(一)検察官は右ほ脱所得の算定、立証方法に財産増減法をとりながら、簿外預金(裏勘定)を調査したのみで、公表帳簿(表勘定)を調査せず、単にこれに上積みしてほ脱所得を算定しているが、もともと被告人の納税方法は白色申告で、明確な帳簿の記載もなく、表勘定自体も正しい経理にもとずくものではないから、右ほ脱所得の算定方法には疑問があり、特に各事業年度末の手持ち現金の算定には承服し難く、(二)更に、検察官は、右ほ脱所得の算定に当り、以下の各必要経費、即ち浜岡(旧姓浜崎、以下同じ)美恵子の給与および退職金、数十口にのぼる貸倒れ損失および修正申告によって増加することとなった各事業年度の事業税を、いずれも当該年度の所得から控除すべきであるのにこれを控除しなかったのは不当である旨主張するので、以下これらにつき判断する。

一、本件ほ脱所得の算定方法について

証人向井英夫、同岡田陸明の各証言によると、本件ほ脱税事件につき、査察当局が被告人宅、その事務所および関係金融機関などを査察、調査し、各種調査資料を収集してこれを検討したところ、本件ほ脱所得の算定方法として財産増減法を採用するのを相当とし、併せて損益計算法により一部裏付け調査も行い、計算方法の正確なことを確認したうえ本件ほ脱所得を算定するに至ったものであることが認められ、もともと本件の如き帳簿書類等の不備な確定申告に対する更正処分に当り、推定課税の一方法として資産増減法を採用し、当該所得を推計し得ることはいうまでもなく(所得税法一五六条)、更に、本件の如き売上一部除外による簿外預金等の方法でのほ脱所得の調査、算定には資産増減法がとられるのが一般であって、本件でのほ脱所得の調査、算定方法は特に異例のものということができないのみならず、証人土井憲一郎の証言によると、税理士である右証人が被告人より依頼を受けて自発的に修正申告を行うに当り、その収集資料に制限があったとはいえ、自ら調査、算定した各年度の犯則所得がいずれも本件各ほ脱所得に近似した数値であり、同証人自らもその調査算定に満足していたことが認められ、これらの事実に徴しても、本件ほ脱所得の算定方法が不当であるとの弁護人の右主張は採用できない。なお、各事業年度末の手持現金についても、弁護人は、被告人が各年度末に手持していた現金はいずれも一〇〇、〇〇〇円ないし一五〇、〇〇〇円位にすぎないと主張し、その根拠として当該年度末または年度初めに被告人に裏預金が払い戻されていることをあげるけれども、右払い戻された裏預金の使途は全く不明で、証人岡田隆明が証言している如く、あるいは株式や投資信託などの他の資産購入に使用される可能性もあり、右の払い戻しの一事をもって手持現金が少額であったと推定することができず、かえって証人藤井勇司の証言や被告人の昭和四六年七月一日付質問顛末書および当公判廷における供述によって認められる如く、被告人はいずれの年度末においても八〇〇、〇〇〇円前後の現金を手持していたと理解するのが相当であり、このことは、各年度末において、単に帳簿上の売掛代金のみならず、いわゆる時貸しと称する帳簿に記載のない一時的な売掛代金も集金され、その都度銀行に預託したとはいえ、銀行営業時間の終了のため、なお相当多額の現金を手持ちして越年しなければならなかつた事情や、本件査察に際し、査察担当者が銀行調査を行うなどして預金の流れを追い、慎重に各年度末手持現金残高を確定したとの証人岡田隆明の証言によっても、肯認することができる。

二、必要経費の控除について

(一)  浜岡美恵子に対する給与、退職金分証

証人浜岡美恵子の証言によると、同女は昭和三六年ころより、当時鮮魚仲介人であつた被告人宅の家事手伝いのため住込みで働くようになり、昭和四三年ないし四五年ころには給与として毎月一七、〇〇〇円ないし二〇、〇〇〇円を支給されていたこと、右家事手伝いの内容は炊事、洗濯、風呂炊きが主たるもので、全家族である被告人とその妻が早朝魚市場に出かけ午前一〇時ころ帰宅し、朝食後夕方まで就寝し、その間右浜岡が、時折得意先などからの電話があったときは伝票をみながら魚の値段を答え、また翌日の注文をきいてメモをとることがあるほか、徒歩数分位離れた事務所で経理事務を担当していた藤井勇司のところに、中味が不明の書類を届けたことがあることが認められるけれども、右電話の受答えや書類の運搬の回数は全くばく然としたもので、一日ないし、一ケ月のそれぞれの回数さえ不明で、本人自らも、自分の仕事は家事の手伝いで、営業の手伝いをしていたとは思わないと述べており、これらの事実を総合すると、同女が被告人営業の従業員であったとも、また家事に従事しながらも、その大半をその営業にたずさわっていた者ともいうことができないことは明らかで、同人に対する給与は家事上の経費ないしはせいぜい家事関連経費であってかりに後者としても、その主たる部分が事業上の経費でもなく、またその営業に従事した部分を明らかに区分することができないから、これを当該年度の収益より控除すべき必要経費とみることができない。また、同女が昭和四五年八月、右家事手伝いを辞めた際、被告人がその妻をとおして同女に交付した八○、○○○円は結婚の祝金であって、被告人営業の退職金でないことは、同証人の証言および被告人の昭和四六年一一月一二日付質問顛末書によって明らかであるから、これも右同様必要経費とみることができない。

(二)  貸倒れ損失分

次に、弁護人は、売掛代金の貸倒れとして、昭和四三事業年度に二口分合計八一〇、二九〇円、同四四年度に二六口分合計一、〇八八、六七九円、同四五年度に二口分合計一、二五〇、〇〇〇円があった旨主張するけれども、被告人の昭和四六年六月三〇日付質問顛末書および前掲岡田証人の証言によれば、被告人は本件査察の際においても、右各年度の貸倒れを主張していたとは認め難く、またその主張があったとしても直ちにこれを貸倒れ損失として認めることはできず、更に、売掛代金を回収することが不可能になった事実またはそのため右債権を放棄するに至った事情およびそれらが確定的となった月日などを認定するに足りる客観的資料を提供すべきであるところ、まだその資料が充分と認められないので、弁護人主張の右貸倒れ損失は、いずれも各事業年度の総収益より控除すべき必要経費と認定することはできない。

(三)  修正申告により増加した事業税分

弁護人は、被告人が昭和四六年一二月二五日、昭和四三年ないし四五年分の所得税の各修正申告をなしたが、その際増加した各所得に対し、それぞれ事業税を納付したから、右事業税は当該各年分の必要経費としてこれを控除すべきものであり、従って本件ほ脱所得についても当然右分だけ控除されねばならない旨主張する。被告人作成の右三期分の修正申告書(写)によれば、被告人が前記の日に右修正申告をなしたことが明らかで、また他方、事業税は事業総収入から控除される必要経費であることも明白である(所得税法三七条一項参照、判例として東京高判二五、五、一〇、高刑集三巻二号一八六頁ほか)が、それが必要経費に算入すべき時期は具体的に納税額が確定し納税債務が確定した時(同条同項括弧書でいう「債務の確定」の時)である。しかして地方税法によると、個人事業税の課税標準は原則として、前年中の事業所得であり、(同法七二条の一六)、当該所得につき修正申告または更正があった場合はその課税標準を基準として算定のうえ決定される(同条の五〇)ことになるが、右決定のときに具体的な事業債務が確定することはいうまでもなく、これを本件の前記事業税についてみるに、その具体的債務が発生し確定したのは早くも昭和四六年一二月二六日以降であり、そこではじめて控除される必要経費として存在するに至り、次年度の総収入から控除されることとなる。これは一見、費用収益対応の原則に反することとなるが、前掲所得税法三七条一項括弧書が権利確定主義の原則をこれに優位させたことによるもので何ら異とするに足らず、この点についての弁護人の右主張は採用することができない。即ち、修正申告によって増加した事業税は、右修正申告後の年度の総収入から控除される必要経費であり、何ら本件ほ脱所得に影響を与えるものではない。

以上により、弁護人の右主張はいずれもその理由がない。

(法令の適用)

被告人の判示各所為はいずれも所得税法二三八条一項(一二〇条一項三号)に該当するので、それぞれ懲役刑と罰金刑とを併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項に従い合算した刑期および金額の範囲内で被告人を懲役六月および罰金三、五〇〇、〇〇〇円に処し、右罰金を完納できないときは、同法一八条により金一〇、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。

よって、本文のとおり判決する。

(裁判官 国盛隆)

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